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全てのはじまり(1)

「だぁからっ! さっきっから言ってるじゃないっスか!」

放課後。時計の針が午後三時半を指した頃。一人の生徒の声が職員室中に響き渡った。よく通る声だった。

「オレはただっ、虹色学園の先輩達に絡まれただけでっ! 別に水瀬センセイに怪しまれるようなコトは、これっぽっちもしてませんって!」

声の主はまだ幼い少年だった。……いや、見方によっては少女にも見えなくはない。が、しかし、今年で十一歳になる男の子供だ。

淡い栗色の癖毛を肩口ギリギリまで伸ばしているせいか、それとも生まれ持った目鼻立ちのせいか、少年というより少女のほうがしっくりくるが……

とにかく彼はこの『白櫻(はくおう)学園』に通う小学五年生の少年だ。名は、長瀬輝(たける)。つい二週間前にこの学院へ転校してきたばかりの問題児であり、同時に、担任である水瀬にとっては抱えきれない悩みの種でもある。

「本当に、何もやっていないのね?」

「当たり前だろ? このオレ様に限ってそこらのチンピラ中坊とケンカなんかす……じゃなかった。僕はっ……とにかく僕は!そう易々と他校の先輩に暴力を振るような真似はしませんって!」

 ――今更言葉遣いを変えたってもう遅い。私にはバレバレなのよ。キミのその性分からして、中学生の不良相手に大人しく引き下がるなんてことは絶対にないってことくらい、二週間もこの子の担任をやっていれば嫌でも分かる。

とは言っても、どこにでもいるような、ごく普通の無邪気な生徒なら、たかが二週間くらい一緒に教室を過ごしたくらいじゃ、おおよその性格くらいしか掴めない。

何せ、思春期入りかけの一番難しいお年頃だ。そう簡単に距離を詰められるほど、子供心は簡単に攻略できるモノではない。けれど、この子の場合は一目見てすぐに分かったのだ。

少なくとも、この子がどこにでもいるような、ごく普通の無邪気な生徒じゃないことくらいはすぐに見て取れたのだ。

「本当に?」

「ホントだってば! 本当に僕は何もしてません!」

「本当に?」

「本当! 超ほ・ん・と・う!」

 ここまで言い張る彼を、これ以上問い詰めたところで時間の無駄だろう。

水瀬は深く溜め息をつくと、たけるに『もう帰っていいよ』と伝え、手を振り彼の背中を見送った。今頃ざまあみろとでも嘲笑っているんじゃないのかしら。再び職員室の机に座るなり水瀬は頭を抱え込んだ。







彼……長瀬輝(たける)は表向きはどこにでもいるようなごく普通の子供だった。あえて違いを言うなら、普通の子供より頭が良くて、スポーツが得意な所くらいだろう。

だが、それでもこの学園ではかなり目立つ。成績優秀・運動神経抜群な彼の周りには、いつもたくさんの人だかりができる。男女問わずよくモテるのだ。それはただ単に、成績優秀児としてだけではなく、彼の見た目も絡んでいるはずだ。

栗色の中途半端な長さの髪といい、まるで人形か何かのようなぱっちりとした目、通った鼻筋、薄く形の良い桜色の唇。そして程よい肉付きの、白くきめ細やかな肌。どれを取っても美少年と騒がれるだけのことはあった。

 そんな彼がどうしてまた、こんな平凡すぎる学園へ転校してきたのだろうか。誰もがそう思うだろう。何せ、彼は元・虹色学園初等部の生徒だ。電車でここから約一時間ほどの所にあるそこは、偏差値がここより50も高いエリート学園なのだ。こんな平凡じみた学園を選ぶより、そちらのがよっぽど彼には合っているだろう。

だがしかし、彼は自ら進んでこの学園に転校してきたのではない。『飛ばされた』のだ。

 そう、彼がここへ飛ばされたのにはワケがある。彼には抱えきれない問題が山ほど存在する。一つは、口より先に手が出る性分。……まあこれはまだいい。二つ目に比べればまだ可愛いものだ。肝心なのは二つ目。二つ目のワケ、それは、彼が『ダーク・ネクロフィリア』と深く関わっていることだった。