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「もしあの子が『ダーク・ネクロフィリア』と関わっているのなら、即刻退学させるべきです!」
しかし、この学園の初等部には退学制度など存在しない。存在するのは中等部以上からだ。そんなことは頭では分かっている。頭では分かっていても、口に出してしまうは人間誰しもよくあることだ。
「校長!」
「水瀬先生。落ち着きなさい」
「そんなこと言われたって……!」
「長瀬君が転校してきた日に、私、先生に言いましたよね?あの子は『普通の子』とは違うと」
校長はゆっくりとした口調で続ける。そのまなざしは、まっすぐに水瀬を捕らえて離さない。
「だからあの時、私はあなたに頼んだのです。どうかあの子を『普通の子』と同じように接してあげて下さいね、と。担任のあなたまでそんな態度じゃ、今は良くても、いずれあの子は登校拒否児になってしまう。虹色学園に居たときと同じように……」
彼、長瀬輝は元登校拒否児だった。本人から直接の理由は聞いていないが、小学三年生の頃からずっと、学校に来ていないらしい。それが『ダーク・ネクロフィリア』と関係しているのならば仕方のないことだ、水瀬はそう思った。
「私は、例えどんな境遇だろうがどんな生活環境で育った子だろうが、全て平等に接すること、それが私たち教師の役目だと思うのです」
――そんなのタダの綺麗ごとだ。綺麗ごとばかりじゃこの仕事はやっていけない。
「水瀬さん。まだあなたは若い。これからこの学校で学ぶべきことは沢山出てくるでしょう。その中には辛い事や悲しいこともある。けれど、それだけじゃない。辛い事や悲しいことがあれば必ず、それに見合った嬉しいことや楽しいことがやってくる。人生とはそういうものですよ」
――人生とはそういうものですよ。
あの時の校長の言葉を頭の中で呟いてみる。呟いたところで何もならない。けれど、このまま頭を抱え続けるよりはマシだった。
私は校長に期待されている。ただ単に、二一歳という若さで教師をやっているからではなく、試されているような気さえ感じた。けれど、それが何なのか自分では分からない。校長は一体何を私に求めているのだろうか。日の沈み始める窓を見ながら、水瀬は再びため息をついた。
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