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全てのはじまり(7)



「……覚えてないんだ」

「……え?」

「オレ、生まれてから小四くらいまでの記憶がないんだ」


 ほとんど呟きにしか聞こえない声で、そう言うのがやっとだった。頭の中が混乱していて、声に出すのがやっとだった。


「どういう……こと?」


 いきなり隣の席の転校生に『僕は記憶喪失です』なんて話されたって、誰だってピンとはこないだろう。当たり前のひかるの反応に、少しばかり安堵する。


「どういうことも何も、そういうコト。じゃあな」

「あっ、ちょっと!」


 待ちなさいとか逃げるんじゃないわよとかいう声を背にして、たけるは足早に校門を抜けた。逃げたと言えば逃げたのだが、彼女の質問にはしっかりと答えた。これ以上余計なことまでべらべら喋る必要はない。


 ――問題は、自分の過去だ。


 自分の過去にひかるとの交友関係なんて存在しないと思っていた。しかし、彼女の話しぶりからして、彼女と自分との間に何らかの繋がりがあることだけは確かだ。


 元々、ひかる自身そんな感情的になるタイプではなかった。付け加えれば、クラスでも有名な『男性恐怖症』の彼女が、自分から苦手な男子に近づいたり、プライベートにまで口を出すのは明らかにおかしかった。


 ――あいつなら、オレの過去を知っている。


 もしかしたら、自分が『ダーク・ネクロフィリア』に追われるようになった手がかりも掴めるかも知れない。……いや、流石にそれはないか。それを知りたくて問い詰めてきたのは彼女のほうだ。


 しかし、奴等の異常なまでのストーカーっぷりには、呆れ過ぎて反吐が出る。


 追いかけっこは休みの日だけにしてくれといつも思うのに、奴等ときたらそんなことはおかまいなしに、学校だろうが塾だろうが平気で追いかけてくる。校門前のガードマンがいなければ、今頃タダの警察沙汰じゃ済まなかっただろう。ひかるは勿論、山田でさえ自分が奴等に狙われていることに気付いているのだ。他の生徒だって直接言いにまでは来なくても、陰で噂しているに違いない。


――オレにとって最高の小学生生活なんて、夢のまた夢だな。


 最高でなくてもいい。ただ普通の小学生生活が送れればそれでいい。のんびりと授業を受けて、クラスメイトとわいわい騒ぐ。夕方になったら明日の給食のことでも考えながら家に帰る。そういう平和な生活を送りたいのだ。


 ――せめて奴等がいなくなればなあー。


 ふと、ゲームセンターのポスターに目が留まる。レインボーシティにあるような大型チェーン店ではなく、個人経営の小さなゲーセンだ。通学路沿いにあるそこには、新作の格闘ゲームのポスターがでかでかと貼ってあった。いかにもプレイしてねと言わんばかりに、架空の美少女がウインクしている。


 ――B/Bの新作が出たんだ。


 やりたい、と思った。


『BATTLE/BATTLE』、通称『B/B』と呼ばれるこのゲームは、巷で人気の格闘ゲームだ。たけるも数日前に友人の家でプレイしたことがあり、近いうちにソフトを借りようと思っていたところだ。


 しかし、千尋の母に『寄り道禁止』ときつく言われている。おまけに今日はボディガードの中島がいない。一人で狭いゲーセンに入って、万一奴等に襲われたら逃げ場に困る。逃げ場に困るどころか下手したら一般市民まで巻き込みかねない。それだけは避けたいところだ。